紀伊半島の辺境・尾鷲市のさらに辺境、熊野市境の小さな集落に行きました。
こんにちは、少しずつ車の運転にも馴れてきたすずきです。
昨日の話になりますが、挨拶も兼ねて、朝から同期の地域おこし協力隊員の手伝いで「梶賀町」へ行ってきました。
尾鷲市は、紀伊半島の東側に位置する、急な山々に囲まれた小さな漁港の町なのですが、実は尾鷲市内では、さらに山々に囲まれた漁村集落がいくつか点在しているのです。
三方山&一方に海 っていう構成は、「日本>尾鷲市」と「尾鷲市>各集落」の両方に当てはまるので、尾鷲はまるでマトリョーシカのような町になっているのです。
梶賀町は、そんな尾鷲に点在する集落の中でも最も南に位置する所で、熊野に非常に近いです。
地図はこちら。
市内からのアクセスも良くなく、自動車専用道路の熊野尾鷲道路を通って、賀田ICから下道をしばらく走り、合計30~40分ほど掛かります。
ICを降りると、急な山を縫うようにして道路が続きます。
いくつものカーブを抜けて、一旦山を下りて海沿いに走り、賀田の集落、曽根の集落からさらに一山越えて、ようやく梶賀へ辿りつくのです。
そんな遠路はるばるやってきた梶賀は、とても小さく、静かな街です。
街の中心に小さな漁港があり、その周辺には急な山々を這うように住宅が点在しています。
ぐるっと5分も道を歩けば町内を一周できてしまうほど小さな町ですが、住宅は山の下から上まで広がっているので、町内全てを周りきるとしたら、そこそこ骨が折れそうです。
さて、僕が梶賀に行ったのは、同期の地域おこし協力隊員のお手伝いのため。
なんでも、梶賀の名物「あぶり」をもっとPR・拡販するための拠点(オフィス)とするべく、古民家の手入れをするそうな。
早速、僕は地域のおばちゃん達と共に、玄関口の草刈り作業に従事することとなりました。
話を聞くと、なんでも20年以上放置されていた民家とのことでした。
しかし、中を見ると、木も曲がっておらず、天井も落ちておらず、非常に状態の良い部屋もいくつか見られました。
どうも良い造りをしている建物らしく、木材が全然ヘタっていなかったみたいです。
尾鷲はヒノキで有名な町。それだけあって、良質な木材で良質な建築をすると、戦前からあるような建物でも立派に持つようです。
紀伊半島東部はかなり台風が多い土地で、数年前には大水害も起こったような場所なのに、これだけ家が持つって本当にすごい。
やっぱり、家とか長く使うものは、きちんとお金をかけて上質なものを作ったほうが良いんだろうなぁ。
草刈りは当日のうちにほぼ終わって大分スッキリしたのですが、作業はまだ家の中の改修がガッツリあるので、これからも作業を続けるとのことでした。
また次に梶賀に訪れた時、民家がどう変身しているか楽しみですなー。
この古民家リフォームは、町内の人々の交流の機会にもなっているようで。
地域おこし協力隊は、こういう所でも間接的にまちづくりに貢献できているんだなぁ、と関心した次第です。
梶賀はこれから、ここでしか生産されない「あぶり」で、少しずつ有名になっていくはずです。
干物とも違うし、燻製ともまた違う独特の味は、県外からもわざわざ食通が買いに来る魅力があるようで…
少しずつでも、あぶりのブランドを確立して行けるよう、僕も力添えをしていきたい次第ですね。
尾鷲の集落は、意外とそれぞれ特色があって、結構面白い。
僕は母の実家もある市街地に住んでいますが、ここは何でもありつつ、海も山もあってまた面白い。
もっと尾鷲のことを、多くの人に知って触れてもらいたいですね。
じゃあの。