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「田舎には仕事がない」という言葉の誤解と、問題の本質について語る。

言葉は受け手によって解釈が異なるので、きちんと自分の解釈を持たねばなりません。

こんにちは、すずきです。

 

今回は、良く言われる「田舎には仕事がない」という言葉への誤解について書き連ねます。

そして、僕なりの「その言葉の本質」と、果たして何が一番の問題なのか?も述べようと思います。

田舎でも、仕事はない訳ではない。

当然ですが、基本的に、どんな田舎であっても仕事=働き口はない訳ではありません。

人口1万人を切るようなド田舎であっても、農業・林業・漁業やら製造業、小売店などの雇用の受け皿はほぼ必ずと言っていいほど存在します。

ましてや、地方都市と呼ばれるレベル(都市圏、商圏ができる位)の街であれば、銀行やメーカーの支店や営業所も複数あるので、求人を探すのに困ることは少ないでしょう。

 

でも実は、世の中には「仕事がない」という言葉をほぼそのまま受け取ってしまい、「ここじゃまともに働けない、ろくな生活が出来ない」と考え、求職活動もしないままに田舎を出て行く人は多いようです。

それは何といっても、「地元の学生」なんですよ。

 

当然ながら、彼らは年齢がいってないので、世間を知りません。

彼らの学校生活は、少しのアルバイト経験以外は、ほとんど部活・遊び・受験勉強で埋め尽くされています。

だから、そりゃあ地元のことを知る機会も少なければ、まして会社のことを知る機会もなかなか無い訳です。

 

で、そんな彼らは、たまに大人達から「この街には仕事が無い」なんて言葉を聞かされていくのです。

そして、大人の僕達からは信じられないのですが、その言葉をそのまま受け取ってしまうんですよ。

(もしかしたら社会に出ているはずの大人でも、「全く仕事がない」と考えてる人はいるかも知れませんが…)

 

これはベッドタウンで育った人なら、自分が子供の頃を考えてみたら、納得できる率は高いはずです。

 

三大都市圏のベッドタウンって、基本的にはひたすら住宅街ばかりが広がります。

もちろん、駅前や幹線道路沿いまで行けば、お店やオフィスビルはありますが、ちょっと離れたらひたすら民家です。

で、子供っていうのは行動範囲が大人に比べて遥かに狭く、外の世界も知らなかったりするので、基本的に育った場所を「ここは家ばかりだ」とまずは認識するんですよね。

 

僕は台東区のオフィスや商店が混在する地域で育ちましたが、それでも子供の小さい目線では「ここは住む場所」としか思いませんでした。

あなたも小さい頃はそう考えるほか無かったんじゃないでしょうか。

だって、「働く」ということのシステムが分からなかったですもんね。

 

結局、そういう考えで「この街じゃ働けない」と勝手に思ってしまう学生が毎年何人も生み出され、「自分の街の仕事情報を見もせずに」地域外の学校や企業に出てしまうようになるのです。

 

まぁ、こういう学生は、割合的にはきっと半分以下でしょう(と信じたい)。

ですが、大人が「仕事が無い」と無責任に言うおかげで、少なからず地元を憂慮してしまう学生が出てくるのは、どげんかせんといかん所だと思います。

しかし、僕は大人がそういう事を言うのも、まぁ仕方がないかと考えています。

なぜなら、そこに「田舎には仕事がない」という言葉の本質が絡んでくると思っているからです。

「田舎には仕事がない」の本質は「"ろくに”仕事がない」ということ

はい。ここでハッキリとさせておきます。

「田舎には仕事がない」という言葉が差すのは、本当は「田舎にはろくに仕事がない」という意味なのです。

あるいは「田舎にはろくな仕事がない」と言うニュアンスでも使われますが。

 

そう。僕はこの「ろくに仕事がない」という表現が、田舎の衰退の本質を表していると考えています。

 

田舎で求人を探そうと思ってみると、都会との違いには愕然としてしまいます。

その理由はコチラ。

1、求人数(非正規雇用含む)が少ない

人口が少ない=経済規模が小さいので当然ですが、求人数は都会に比べて田舎の方がはるかに少ないです。

東京だったら、ベッドタウンの市区単体であっても、せめて数百件の求人はあります。

しかし、例えば人口18,000人の尾鷲だったら、200k㎡近い面積の中で、200件に届かないくらいしか求人はありません。

さらに、尾鷲の中でも市街地以外の集落部になってしまうと、求人の数は合計で10件も無いくらいになってしまいます。

2、給料が安い

東京の大卒者なら、30代で500万円以上の収入も珍しくありませんが、田舎勤めだと、大卒でも出世するまで500万円を超えるような例は少ないと言います。

まぁ、東京と比べると圧倒的に田舎の方が土地代が安かったり、地元食材を安く調達できたりするので、給料が安くても何とか生活は出来ますが、都会人と比べたら給料の絶対額には大きなギャップがあります。

尾鷲だったら、大卒新入社員の基本給なんて15万円がザラですよ。東京じゃ20万でも安いのに…

3、求人がブルーカラー系ばっか

都会であれば、第二次産業~第三次産業が発展しており、色んな種類の仕事があります。

とび職人から世界を飛び回るエリート商社マンまで、あらゆるジャンルの求人が存在します。

 

しかし、田舎の求人を見てみると、基本的にブルーカラーな仕事ばかりが求人票に出てきます。

「コンビニ店員」「建設作業員」「林業作業員」「養殖業」「介護」「刺身タンポポ工場員」などなど…

マニュアル化され、人に指示され、「考えるより身体を動かす」仕事ばかりが大半を占めるのです。

ワンパターンかつ、いわゆる「オフィスワーカー」的な仕事はなかなか望めません。

 

 

はい、これで田舎の就職事情ってある程度掴めたと思います。

こんな状況なので、結果、以下のような問題が田舎の就職には降りかかってしまうのです。

1、仕事が選べない

ブルーカラー系の仕事が大半を占め、残りのオフィスワーク等も、だいぶ種類が少ない。

仕事のバリエーションが少なく、かつ求人数も少ないため、「好きな仕事を選ぶ」ということが難しいのです。

 

好きな仕事を選べなかったらどうするか?当然、田舎を出て都会にエキサイティングな仕事を求めに行きますよね。

世の中には「好きな仕事がない?甘えてんじゃねぇ!」なんて事を言う大人も少なからずいますが、僕からしたら「何を時代錯誤のアホ言ってるんだ」と。

雇用の流動性が高まっていて、かつ国内全体では色んな種類の仕事が溢れている現代においては、むしろ「自分が好きな仕事」を追い求めて、それが出来る職場で働いたりするべきなんですよ。

じゃないと、仕事に前向きになれない=高いパフォーマンスが出せないし、結局すぐ辞めてしまったり心身を病んじゃって、全然得になりませんからね。

 

高度成長期やバブル期は、好き嫌い言わず会社に滅私奉公、ひたすら働いているだけで良かったかも知れません。

でも、今や終身雇用なんて化石化しつつあるし、ソニーやシャープ等が瀕死になっているように、かつて日本の基幹産業だった第二次産業も衰退しつつあります。

そこに代わって、ソフトバンクだの何だの、第三次産業のクリエイティブ産業が発展してきて、働き方は変わった。

 

自分の好きな仕事を選び、転々として、ガンガン考えてガンガン仕事して、世の中に新しい価値を作っていく。

仕事が好きじゃないとモチベーションも上がらないし、新しい前向きな発想もなかなか出てきません。

公務員や昭和の大企業的な「終身雇用の発想」に捉われて、自分の「好き」をないがしろにしてしまえば、なかなかクリエイティブな発想をすることは難しい。

こうしたクリエイティブ産業の受け皿がドンドン増えている今、「好きな仕事がない」と言うのは致命的な訳です。

2、田舎から出られない

ブルーカラー系=現場作業の職というのは、なかなかキャリアに繋がらないパターンも多いです。

例えば、コンビニや居酒屋の店員、工場のライン作業員などは、基本的に「誰でもできる作業」ですよね。

やり方さえ覚えてしまえば、後は体力が続く限り動いていれば何とかなる。

そんな仕事をやり続けて上達したからと言って、店長や工場長より上には基本的にはなれません。

 

だって、「必要なスキル」が全く違うんだもん。

スーパーバイザーだったら、担当地区の店長をまとめ上げ、自分が現場に立たずして各店舗の売上をアップしていく力が必要。

工場を持つ会社本部の生産管理部門に行っても同様に、自分が現場に張り付かずして、工場ごとのアウトプットを最適化して行かなければいけません。

 

これらに必要なのは「マネジメント能力」であって「数値管理・達成能力」であり、知識とノウハウを持って頭をフル回転させなきゃならないものです。

ただ現場でひたすら頑張って、仕事が早いとか、接客が良いとか言っても、そういう能力にはろくに関係してきません。

すなわち、現場作業員は、決して多くの人の上には立てないのです。

 

なので、田舎は「キャリアに繋がる職が少ない」という事に直結します。

キャリアに繋がらない=出世できない、有名企業に就職しづらい、という事になるので、昇給の見込みは低い。

さらに、田舎は元々の給料自体も低いのだから、結局「所得が低いまま労働年齢を終える」可能性も都会より高い訳です。

 

そうなると、家賃が安く、食べ物も安い地元で、安月給で質素に暮らしていくしかなくなる。

東京に出て、ガンガン働いてガンガン稼いで、ザギンでチャンネーとシースーをベータ―するような派手な暮らしは夢見るべくとなってしまうのです。

田舎は給料が低く、全国どこでも暮らせるような所得水準に至り辛く、結果その地域からなかなか出られない。

これは発展途上国と先進国の所得格差と、ほぼ同じことが言える問題じゃないでしょうかね?

つまるところ、「田舎には仕事がない」というのは

「田舎には"ろくに・ろくな"仕事がない」という意味だ、という事でファイナルアンサー。

 

はい。田舎にも、仕事は選ばなければ結構あります

都会からエイヤーで移住してきた人でも、相当なコミュ障とか問題ある人でない限り、問題なく食っていけると思います。

田舎ならではの農業・漁業・林業といった求人もありますし、伝統産業や地元有力企業の求人もあります。

それが魅力に移る人には、田舎での就職と言っても特に問題に感じることは少ないと思います。

 

しかし、あくまでもそれは「選ばなければ」というお話。

結局、地元民は「ろくに仕事がなく」、自分の好きな仕事も選べなければ、給料も安くて将来性に乏しい為、それを嫌がって都会に出ていく人がほとんどなのです。

あるいは、「仕事がない」を真に受けてしまい、地元就職がアウトオブ眼中な人達ですね。

これが原因でどんどん地方からは人が流出している。この問題を、僕達は決して見逃してはいけません。

 

「人口が減って、おらが街がヤバい!衰退してる!」

と考える自治体の人々は非常に多いです。もちろん、尾鷲市も。

しかし、その雇用の問題に触れずして、「楽しいイベント企画しよう」「駅前を再開発して賑わい創出」なんてのをやっていると、結局ムダ金出すだけで終わるのですよ。

地方・田舎の衰退は、雇用の減退による長期的な問題によるものなんだから、そんな一過性のアクションを打ったところで何の解決にもなりゃしないんですわ。

 

だから、衰退した地域を活性化するには、この雇用の問題を改善していくことが一番だと、僕は思っている訳です。

地域内の人にも、地域外の人にも、「ここは(あそこは)田舎だから、仕事は無い」と言わせないようにしなければならないのです。

 

じゃあ、その為に僕達はどういう対策をすべきなのだろうか?

次回に続きます。